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【阪急vs阪神】灘循環電気軌道を軽視した阪神の失策と、阪急の神戸進出

阪急と阪神。

今は同じグループ内企業なので、協力関係にありますが、阪急が神戸に進出した時から、阪急vs阪神が始まり、阪急阪神ホールディングスが成立するまで、半世紀以上もバトルを繰り広げていました。

今回は、阪急vs阪神のキッカケとなった、灘循環電気軌道の設立についてのお話です。




灘循環電気軌道

灘循環電気軌道は、明治末期に神戸財界の有力者や、灘の酒造家を発起人として、1912年(明治45年)7月25日に、敷設特許が認可されました。

発起人の主なメンバーは以下。

発起人経歴等
渡辺徹
(総代表)
元衆議院議員
村野山人山陽電鉄副社長、神戸電鉄社長など
桑原政京阪電鉄専務取締役など
改野耕三衆議院議員
嘉納治郎右衛門嘉納財閥(醸造業)
嘉納治兵衛嘉納財閥(醸造業)、嘉納治兵衛の養子
松方幸次郎松方正義の三男、川崎造船所船頭など

全員の全ての経歴を取り上げると大変なことになるので割愛しますが、主な発起人だけでも、財界有力者や政治家など、とんでもないメンバーが揃っています。

ところで、灘循環電気軌道の出願ルート、神戸と西宮の間にある、阪神と東海道本線の山側と海側をぐるっと通るような環状線を計画していましたが、実際に認可されたのは、神戸~西宮の山側のルートだけでした。既に営業している阪神と東海道線に近い海側のルートは競合区間として認可がおりなかったためです。

また、認可されたのは灘循環電気軌道だけですが、その他にも大阪~神戸での新線計画の出願がありました。その中でも東灘電気軌道の出願の発起人には、桑原政・村野山人、そして小林一三が加わっており、どうにかこうにかして、大阪~神戸の新線を開業させたいという財界の意図がありました。


阪神の動き

焦らない阪神

さて、当時、既に大阪~神戸に路線を持っていた阪神。

灘循環電気軌道の特許が認可されたことで、阪神にとって、競合路線が登場することになるのですが、実はそんなに焦っていませんでした

一応、取締役会で、灘循環電気軌道の買収を検討することになります…が、灘循環電気軌道の特許が認可された翌月、8月13日の取締役会では特に何も決まりませんでした

何故、取締役会で何も決まらなかったのか…と言うと、実質的な最高責任者の専務取締役・今西林三郎や、阪神の取締役にも就いていた北浜銀行頭取・岩下清周、そして、本件に一番詳しい技師長・三崎省三の三人が不在だったので、何も決めようが無かった、というか当事者不在なので話し合うことが出来なかったからです。

喫緊の問題であれば、重要人物である三人が不在だったとしても、とにかく買収して既存の阪神の路線を防衛するはずです。しかし、灘循環電気軌道の買収に関しては何も決議されませんでした。


甘い見立て

阪神がそんなに焦ってなかった理由は、2つ。

  • 競合区間が一部だけ
  • 会社設立に至らない可能性もある

阪神が灘循環電気軌道と競合するのは一部区間のみで、灘循環電気軌道の特許ルートは、家も人も少ない山側ルートです。

また、当時、鉄道計画が出願されて、国に認可されたとしても、資金難や国による待ったなどで、開業に至らない鉄道計画が珍しくありませんでした。

なので、阪神としてはそれほど脅威とは考えていませんでした。

とは言え、灘循環電気軌道の路線を阪神側に取り込むことで、将来的には有益になると考え、取締役会では継続して買収・合併の検討をしていました。


阪神による灘循環電気軌道の合併話

深重な阪神サイド

特許が認可されたばかりの灘循環電気軌道ですが、既に資金難だったので、単独での会社設立と鉄道開業が危ぶまれていました。

そこで、灘循環電気軌道は阪神と箕面有馬電気軌道(以下、阪急)のどちらかに買収合併してもらおうと考えます。

灘循環電気軌道の発起人たちは、株価の高い阪神と株式交換を行う方が、手元に残る利益が高いことから、阪神に買収合併の提案を行います。

もちろん、買収される側の灘循環電気軌道が提示した買収合併条件は、特に法外な条件ではなく、灘循環電気軌道側としては、即契約を締結して、買収してくれると考えていました。しかし、阪神の経営陣は、

まだ、特許を取得した段階であって、会社として成立していないので、即座に、発起人の方々と株式交換の契約をするわけにはいかない。仮に契約したとしても、阪神の株主から反感を招き、買収合併自体が妨げられる可能性もある。

と懸念を示し、すぐさま灘循環電気軌道の買収には着手しませんでした。


阪神のスタンス

阪神では、上記で何も決まらなかった取締役会以降、一応、何度か検討して灘循環電気軌道の買収を決議しており、株式の過半数の取得を目標としていました。しかし、それほど積極的では無かったのには理由があります。

先述しましたが、阪神としては、灘循環電気軌道そのものが開業に至るか疑問でした。また、開業しても競合区間は一部のみなので、設立していない会社の株式を、灘循環電気軌道の発起人たちから今すぐ買収するという考えもありません。

阪神のスタンスとしては、

  • 会社が設立出来るかどうかの相手と取引するのはリスクがある
  • 仮に会社設立した場合、設立後に買収すれば問題無い
  • もし開業までこぎ着けたとしても、山側ルートなので経営が立ちいかなくなる

というもの。そのため、積極的に灘循環電気軌道を買収する理由は無かったのです。

また、1912年10月25日の株主総会で、灘循環電気軌道の買収に関する質問が株主から上がった時も、

人も家も少ないところに競合路線ができたところで、阪神に影響することはない。ただ、将来的な利害を考えれば、買収したほうがいいと考えている。
しかし、会社設立もしてない発起人たちと取引するのは、会社の効力が無い人たちと取引するのと同じなので、灘循環電気軌道がちゃんと会社を設立した後に、買収するべきである。

と説明しています。

この時点で、阪神は灘循環電気軌道をすぐには買収しないという方針でしたが、これが失策でした。


まさかの灘循環電気軌道の会社設立

阪神への疑念

灘循環電気軌道でも、発起人たちの間で方針が割れていました。

  • 独力での経営は難しいため、阪神・阪急、どちらに支援してもらうか
  • 事業成立が難しいため、権利を売買して利益を得るか

この時点で「この経営陣、大丈夫?」と思えますが、先に買収を持ちかけに行った阪神の態度に不審を抱いていました。発起人の村野山人や松方幸次郎は、

「即座に買収に応じないのは、免許失効のギリギリまで待ってから、有利な条件で灘循環電気軌道の権利を獲得して、競合となる新線の話そのものを無かったことにしようとしてるのでは?」

と疑念を抱きます。

しかし、灘循環電気軌道も悠長なことをしている場合ではなく、このままでは独力で会社設立と新線開業には至らないことが分かってたので、外部の力を借りるしかありませんでした。


突然の会社設立

阪神との交渉が実質的に無くなった後、しばらく音沙汰が無かった灘循環電気軌道ですが、1912年12月30日に灘循環電気軌道が会社として設立されます。特許で定められていた会社設立期限が1913年1月3日なので、期限ギリギリでの設立です。

資金がない状態の灘循環電気軌道が、どうやって設立できたかというと、阪神を頼ったわけでは無く、マジックを使ったわけでもなく、阪急のバックアップによって設立したのです。

その時の灘循環電気軌道の役員は、

役職役員経歴等
社長松方幸次郎発起人
※阪神の交渉態度に疑念
取締役速水太郎箕面有馬電気軌道(阪急)取締役、路線建設工事担当
取締役上田寧箕面有馬電気軌道(阪急)取締役、後に阪急社長
監査役改野耕三発起人

となり、箕面有馬電気軌道(阪急)の取締役であった速水・上田が、そのまま灘循環電気軌道の役員として送り込まれています。乗っ取りとも考えられそうですが、資金難に陥っていた灘循環電気軌道のバックアップをしたので、阪急側の役員が送り込まれるのは当然と言えば当然です。

実は、灘循環電気軌道の特許が1912年7月25日に認可された後、1ヶ月もしない1912年8月19日に、箕面有馬電気軌道(阪急)が十三~伊丹~門戸(現・門戸厄神)の新線を出願しています。

阪急は元々、神戸への進出を考えており、十三~伊丹~門戸の新線から灘循環電気軌道に接続して、神戸まで繋げようという構想。そのため、灘循環電気軌道の新線開業は阪急にとっては必須でした。

実は、音沙汰が無かった間、阪神に対して疑念を抱いた灘循環電気軌道の発起人たちは、阪急との交渉を進めていました。阪急側も灘循環電気軌道の開業なくして神戸への進出はありえないので、両社の思惑が合致した結果、灘循環電気軌道の会社設立に至ったのでした。

そして、途中から何もしなかった阪神は、阪急の役員で固められた灘循環電気軌道の買収が実質的に不可能となり、結果的に競合の出現を許してしまう事になりました。


編集後記

まだ、灘循環電気軌道が設立されただけで、阪急側の特許の認可も出てませんので、めでたしめでたし…とはいきません😹

すんなりと阪急神戸線の開業に至ると思いきや、この後、かなり大変なことになります😺

続きはまた今度😺

参考文献

『75年のあゆみ 記述編』 阪急電鉄株式会社

『阪神電気鉄道八十年史』 日本経営史研究会編

『阪神電気鉄道百年史』 橘川武郎著

『逸翁自叙伝』 小林一三



鉄道イベント情報(鉄道コムtetsudo.comより)

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