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【阪急】やりすぎ!?何故、関大前駅は6回も駅名を変更したのか?

阪急千里線の関大前駅。関西屈指の学生街を誇る関大前で有名です。

関西大学の前にある駅なので「関大前」という駅名ですが、この駅名に辿り付くまで、6回も駅名変更が行われました。

いったい、何故なのでしょうか?



6回も駅名を変更した関大前駅

関大前駅の歴史を辿ると、もともとは「花壇前駅」と「大学前駅」がルーツです。

花壇前駅は1921年に開業、大学前駅は1922年に開業しています。

大学前駅は関大前駅として統合されるまで駅名変更はありませんでしたが、花壇前駅は関大前駅に至るまで6回も駅名を変更しています。

花壇前駅大学前駅
1921年開業
1922年開業
1938年千里山遊園
1943年千里山厚生園
1946年千里山遊園
1950年女子学院前
1951年花壇町
1964年統合:関大前

最終的に1964年に、花壇前駅と大学前駅は統合され、関大前駅となり、現在に至ります。



6回も駅名変更した理由

さて、駅名を変更するのに「あー、今日は天気が良いから、駅名変えようかな」というふざけたことをする人はいません。駅名変更にもお金と時間がかかります。

関大前駅(というか花壇前駅)が6回も駅名を変更した理由は、ちゃんと存在します。

1回目:花壇前駅→千里山遊園駅(1938年)

1回目の駅名変更は、1938年のこと。花壇前駅から千里山遊園駅に変えています。

駅のすぐそばにあった「千里山花壇」という施設が、名前を「千里山遊園」に変更したことに伴い、駅名を変更しました。

2回目:千里山遊園駅→千里山厚生園駅(1943年)

2回目の駅目変更は、1943年です。千里山遊園駅から千里山厚生園駅に変えました。

戦時中ということもあり、千里山遊園という名前は「ふさわしくない」という理由で、千里山遊園の施設名そのものが、千里山厚生園に変更されました。それに伴い、駅名も千里山厚生園駅に変更されています。

尚、戦争末期の1945年3月30日に千里山厚生園は閉園されています。当時は、毎日が生きるか死ぬかなので、遊園地に行っている場合ではありませんでした。

ただし、誰が駅名変更の発端になったのかは不明です。
国や行政からお達しがあったのか、先手を打って京阪神急行電鉄(阪急の当時の社名)が、駅名を変更したのか分かりません。

3回目:千里山厚生園駅→千里山遊園駅(1946年)

3回目の駅名変更は、1946年。戦時中にふさわしくないという理由で施設名を変更した千里山厚生園でしたが、戦争が終わったこともあり、「千里山遊園」に施設名を戻します。

それに伴い、駅名も千里山厚生園駅から千里山遊園駅に戻しています。

4回目:千里山遊園駅→女子学院前駅(1950年)

4回目の駅名変更は、1950年です。

戦争が終わって、千里山厚生園から千里山遊園に施設名が戻り、売上も戻る…ことはありませんでした。

そもそも、戦後まもなくは遊園地に行く余裕のある人も少なく、そんなに売り上げは期待できません。

結果、1950年5月に千里山遊園は、カナダのカトリック教会である聖母奉献会に土地を売却。それに伴い、千里山遊園駅も女子学院前駅に駅名変更します。

5回目:女子学院前駅→花壇前駅(1951年)

さて、女子高が出来るということで関西大学の学生は喜んだそうですが、焦ったのは関西大学の上層部。

当時、関西大学は、千里山遊園の跡地に大学の施設を建設し、大学を拡大する計画を目論んでいましたが、聖母奉献会に先手を打たれてしまいます。

そこで、関西大学側は聖母奉献会に対して「その土地を売って欲しい」と持ち掛けます。

色々あって、最終的に、千里山遊園の跡地は関西大学がゲットします。どれだけお金を積んだのかは不明ですが。

ちなみに、聖母奉献会は1950年6月に姫路に学校用の土地を購入し、1951年に賢明女子学院中学校・賢明女子学院高等学校を開校しています。
悪く言うつもりは毛頭ありませんが、もし、聖母奉献会が、関西大学の計画を見越して千里山遊園を買収し、その土地を関西大学に売却して姫路に土地を買うという錬金術を画策していたのであれば
、相当な経営手腕です。真相は闇の中ですが。

結局、駅名はというと、「女子学院前」にした翌年の1951年に、「花壇町」に変更しています。

尚、千里山遊園があった場所には、関西大学付属あけぼの幼稚園が設立されました。

現在は幼稚園も名前が変わり、関西大学幼稚園となっています。

どことなく、遊園地っぽい面影が残っている感じ…はしないですね。

6回目:花壇町駅→関大前駅(1964年)

そして1964年に6回目の駅名変更。花壇町駅と大学前駅が統合して関大前駅になります。

ただし、この両駅の統合は、花壇前駅と大学前駅のどちらかを存続駅としたわけでありません。両駅を廃止して、新駅として関大前駅を設置しています。

この地図は、時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)により作成したものです。

左は1927年~1935年頃の地図、右は現在の地図です。

両方の地図を見て分かる通り、花壇前駅・大学前駅の中間地点に、現在の関大前駅が存在しています。



残っている「花壇」という名前

花壇前駅と大学前駅が統合して新設された関大前駅。花壇前駅と大学前駅の駅舎は消滅しましたが、花壇前駅の痕跡は残っています。

それがコチラ。

これは関大前駅から南にある踏切です。見た目は普通の踏切ですが…

花壇踏切道という名前の踏切です。

花壇前駅は残っていませんが、「花壇」という名前の踏切は残っています。この踏切があったところに、花壇前駅がありました。

踏切から北側を見ると、関大前駅はすぐそこです。



編集後記

久し振りに関大前に行きましたが、駅を出たところのタピオカジュースとモッフルの店が無くなってました😿

参考文献

『京阪神急行電鉄五十年史』 京阪神急行電鉄株式会社編纂

『75年のあゆみ 記述編』 阪急電鉄株式会社 編

『100年のあゆみ 部門史』 阪急阪神ホールディングス株式会社グループ経営企画部 (広報担当) 編

『京阪70年のあゆみ』 京阪電気鉄道株式会社

関連リンク

日本一多く駅名が変更された駅! 「関大前駅」ヒストリー|EDIT kandai(関西大学)

むかし大學前 ・いま関大前|千里山会

学院沿革|賢明女子学院中学校・高等学校

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